NEWS WEEK 「SAMURAI EUNUCHS 去勢されたサムライたち」

掲載紙
NEWS WEEK

【日米同時掲載】News Week誌
Samurai Eunuchs [邦題:去勢されたサムライたち]

やたらと元気な女たちにひきかえ
居場所も精気も失った会社人間
彼らは「新しい男」に進化できるのか
高山秀子(東京)

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「男よ、立て」。今年初め、宝島社が日本の3大紙で展開した広告キャンペーンのテーマだ。
朝日新聞に掲載された広告では、刀を携えたサムライが「男たちのタマは、どこへ行った」と問いかける。毎日新聞に載ったものは、精子の入った容器が6つ並んでいるという図柄。容器のラベルには外国人ドナーの年齢や目の色、出身校などが書かれており、「ご主人には内緒でお読みください」という注意書きがついている。
読売新聞には、おしゃれな女の子が疲れ果てたサラリーマンを肩に担いでいる広告が登場。コピーはずばり「日本(2000)」だ。
最近、日本男性の旗色が悪い。かつて戦後の経済復興の英雄ともてはやされた企業戦士たちは、今や凋落の象徴となっている。低迷する景気や急速に変化する社会に、サラリーマンたちはなかなか適応できないようだ。
家庭であれ会社であれ、管理されることに慣れてきた男たちをめぐる状況は厳しい。男性の自殺者は急増しているし、男性失業者も2月の統計で200万人を超えた。
宝島社の巣瀬典男広報宣伝部長に言わせれば、同社の広告は根本的な問題を突くものだ。「女性のほうはあんなに元気でエネルギッシュなのに、どうも男性は覇気に欠け、自信喪失しているようだ」と、巣瀬は言う。「男性に頑張ってほしいというのがわが社のメッセージだ」
男性に元気がない原因は、10年にも及ぶ深刻な不況が日本的な会社システムを破壊したことだとみる向きが多い。女性が不景気のなかにチャンスを見いだしてきたのとは裏腹に、多くの男性は古き良き時代の終身雇用を懐かしむ。
男性像の「手本」がない
私生活でも、男性は絵に描いたようなハッピーな家庭を望んでいる。もっとも統計によれば、日本の男性が育児に費やす時間は1日わずか17分なのだが。
そんな甘い考えのツケが男たちに回ってきている。子育てに手を貸そうとしない会社人間の父親など、子供たちにとっては見知らぬ人も同然で、尊敬の対象とは言いがたい。何十年間も顧みられることのなかった妻たちは、離婚を言いだしている。
一方、国を動かすエリート層は不祥事まみれで、男たちが社会の変化に対処するうえでの模範となることもできない。金融再生委員会の越智通雄委員長が、問題発言で引責辞任したのはいい例だ。
「日本の若い世代には、理想像がなくなってしまった」と、横浜国立大学の馬場謙一教授(心理学)は言う。「何をめざし、誰を目標にすればいいのかわからなくなっている」
1番の負け組は会社人間だろう。通勤電車に揺られる彼らの陰鬱な顔には、リストラへの不安が見て取れる。
中小企業からリストラされた人や日雇い労働者が、ホームレスになってしまうというひどいケースもある。厚生省の調査によれば、こうした人々は全国で2万人を超えるという。
池田佳彦はこの冬を、東京の新宿中央公園で寒さに耐えながら過ごした。以前は建設会社で働きながら北海道の家族に仕送りしていたが、1年ほど前から仕事がなくなったという。
一文なしでは帰郷することもかなわず、夜は青いビニールシートのテントの中で丸まって寝ている。
「50を過ぎたら誰も雇ってくれない」と、寒風に震えながら彼は嘆く。「将来が不安で仕方がない」
サラリーマンの末路が公園暮らしというわけではないが、家族の尊敬といった精神的なよりどころは過去のもののようだ。
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若者にとって父親とは、仕事のことしか頭にない、つまらない存在だ。一方の妻たちは、定年後の夫が自分の自由な生活を脅かすのではないかと考えている。
「子育てなどで女性が最も助けを必要としたときに、夫は仕事が忙しいということで不在だった」と、博報堂生活総合研究所の関沢英彦所長は言う。「男たちは今、ひじ鉄を食らっている」
増え続ける「定年離婚」
20年以上連れ添いながら離婚した夫婦は、1998年には3万9000組を超えた。「定年離婚」と呼ばれるこうしたケースは90年代、ほぼ2倍に増加した。
マスコミ関係の企業で重役を務める57歳の男性は、夕食のテーブルで妻が退職金の話を持ち出すまで、28年の結婚生活に問題があったとは夢にも思わなかった。「退職金はどのくらい出るの」と妻は言い、こうつけ加えた。「そのときが来たら離婚したい。私にも半分もらう権利があると思う」
彼は悪い冗談だと思い、「テレビのメロドラマの見すぎだよ」と受け流した。だが、妻の言葉はやはり気にかかった。
「考えてみれば、他のサラリーマンと同様に家庭を顧みなかった」と、勤め先のカフェテリアで彼はこれまでの生活を振り返る。「土曜はマージャン、日曜日はゴルフ。1カ月に1度も、家族と夕食を食べなかったこともある」
退職金の件以来、彼はできるだけ家で夕食をとるようにするなど、夫婦関係の修復に努めている。妻も離婚のことは口にしなくなった。
日本のサラリーマンに新たな挑戦を呼びかける声は、宝島社の広告だけではない。たとえば1月には、東京新聞が「自立元年」と題するシリーズで、会社生活を捨て、起業したりライフスタイルを変えた男性を取り上げている。

書店には男性向けに、転職や趣味、熟年の恋愛や定年後の生活についてアドバイスする本が並んでいる。共通するテーマは「いかに人生を楽しむか」。こうした考え方は、若い世代の男性の間に急速に浸透している。
最近の政府の調査によると、大学を卒業して就職した若者のうち、32%が3年以内に会社を辞めている。上村英樹は大学の経済学部を卒業後、JR西日本に就職した。だが上村は「目の前にレールが敷かれているように感じた」と言う。「何もないところから始めてみたかった」
1年半後に退社した上村は、ガソリンスタンドの夜間営業を代行する会社を設立、今では100人を超える社員をかかえる一国一城の主だ。長年勤めた会社から病気を理由に肩たたきされた上村の父も、息子の会社で働いている。
多様性を認める社会へ
起業がまだ珍しいこの国では、上村は例外の部類に属する。だがバブルの崩壊をきっかけに、さまざまな生き方が社会に受け入れられるようになってきたのも事実だ。

平野潔は、成人してから定職に就いたことがほとんどない。平野はエリートサラリーマンの家庭に育ち、大学では法律を学んだ。就職もほぼ決まっていたが、卒業直前にタイを旅行したことが彼の人生観を変えたという。
平野は大学を卒業後、カメラマンの助手やバーテンダー、雑誌のレイアウトなど職を転々とし、現在は雑誌に音楽評を書いている。
「昔は私のような生き方はなかなか受け入れられなかった」と、行きつけのバーでチンザノを飲みながら平野は言った。「しかし、ここ5年くらいの間に、男の生き方に対する考え方が変わってきたと思う。今は会社がすべてだとは思わなくなってきた」
日本の男たちはゆっくりとだが、企業戦士とは違う新しい存在へと進化しつつある。だが日本でそうするためには、ガッツ以上の何かが必要だ。
日本型会社人間の一生
男の人生は楽じゃない。幸せな幼年期の後には、地獄の受験戦争と、会社人間としての長い年月が待っている。そして定年を迎えたと思ったら、妻に離婚を言いだされ……。
優しいママとの甘い生活 幼い男の子は、口うるさい母親に甘やかされて育つ。母親の人生最大の目標は、なんといっても息子が将来偉くなることだからだ。心理学者によると、日本の男性は「母親離れ」がなかなかできない傾向にあるという。
恐ろしき受験地獄 一流大学への進学は、今なお成功のカギとされている。多くの男の子は、押しつぶされそうなほど過酷な競争の渦に投げ込まれる。学習塾に通って入学試験をパスするコツを身につけるとともに、頭がパンクするくらいに知識を詰め込まなければならない。
不安という名の通勤電車 無事に学校を卒業し、就職したとしても、もうサラリーマンの生活は以前のように安定したものではない。長引く不況のなかで企業はリストラを進めており、サラリーマンは失業の不安を常にかかえている。日本株式会社が誇った終身雇用制はすでに過去のものとなってしまった。
退職後を襲う悲劇 最近になって、定年退職した会社人間をめぐって数多くの問題が浮上している。長いこと家族を顧みずに働きづめに働いた企業戦士たちは、定年を迎えて家庭に戻ったとしても、妻や子に冷たくあしらわれかねない。妻から「定年離婚」を言い渡されるという、もっと悲惨なケースもある。ああ、日本の男はつらい。
1日に育児に費やしている時間はどのくらい?

父親 17分

母親 2時間39分

資料:総務庁
悲しきサラリーマン
会社ではリストラの嵐が吹き荒れ、家に帰れば妻から三くだり半。子供の尊敬さえ得られない
ニューズウィーク日本版